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入れ歯を考える

 
日本人の平均寿命は毎年伸び続け、今や世界最高水準の長寿国となっていますが、歯の寿命はどうでしょうか?
  残念ながら本来28本あったはずの歯も、80歳になると、わずか二本しか残っていないというのが平均の歯の本数なのです。この歯の不足分を補うのが「入れ歯」ですから、お年寄りになるとほとんどの方が入れ歯のお世話になる、といっても過言ではありません。今回は、そのような入れ歯について考えてみたいと思います。

 

入れ歯は義手、義足と同じく”人工臓器”

 入れ歯は、正しくは「義歯」といい、義手や義足のように体の一部分を補うために作る人工の体の部品です。
  体の一部を人工的に作るのですから、そこには歯科医側の高い技術と、患者側の協力の姿勢、上手に使いこなしていこうという姿勢が必要になります。初診でいきなり歯型をとって、その歯型を歯科技工所へ送れば、義歯の形はできてきますが、そんな単純な工程では、まず具合のよい義歯はできません。
  体の一部を作るわけですから、周到な準備と正しい工程、そして入念な仕上げという具合で、手間と時間がかかります。

 

入れ歯のつくり二種類

 入れ歯は主にプラスチック(アクリル樹脂やスルホン樹脂)から作られ、人工の歯と人工の歯茎をかたどってできています。さらにそれに、歯にひっかけるためのバネ(クラスプ)がついていて、周りの歯に止めるようにして使用します。
  歯が一本も残っていないものを総義歯、歯が何本か残っているものを部分義歯といいます。

1)総義歯

 写真で示すとおり、残っている歯が一本もありませんから、歯茎全体をプラスチックで覆って人工の歯を並べてあります。また、支えの歯がありませんので、義歯と口の粘膜の吸着力で安定させることになりますが、ちょっとしたことで義歯がはずれたりすることもあります。特に下顎の総義歯は、舌という巨大な動く筋肉と隣接しているために、非常に難しいことが多いものです。
 総義歯

2)部分義歯

 口の中に自分の歯が残っている場合、部分的にプラスチックの歯を入れることになります。自分の歯に、バネ(クラスプ)をかけて義歯を安定させるのが普通です。
  バネ(クラスプ)にもいろいろな種類があり、各々利点と欠点があります。また、バネ(クラスプ)という形をとらず磁石や精密な金属加工によって支えを作る方法もあります。
 部分義歯

 

義歯と健康

 寝たきり老人が義歯を作り直したら、歩けるようになったとか、ボケが始まった老人に義歯を入れたところ、ボケが治ったとかいうことは時々きく話です。
  私達からすれば「さもありなん!」という話ですが、一般の人達から見ると、驚くことかもしれません。義歯というのは、それほど大切なものなのです。
  その理由としては、次のものがあげられます。

1)食事をとれるようになる。

 こんな当り前のことなのですが、意外に本人は、気がついていないこともあります。歯が抜けていく課程は、28本あった歯がいきなり0本になるというわけではなく、1本減り、2本減り、少しずつ歯が減っていくのが普通です。
  28本ある歯が突然0本になってしまえば、本人は大パニックでしょうが、少しずつ減っていくと本人はそれに慣れてしまって、歯の本数が半分くらいになっていても、けっこう平気な人もいます。
  そういう人は、一見食事をとっているようでいても、ほとんど噛まずに飲み込んでいるし、どんなに正しい食事を心がけても、食物の栄養やエネルギーは、ほとんど体を素通りしてしまいます。そして、そのような人ほど、そうした自覚がないこともよく見られます。

2)咀嚼をするようになる。

 一口100回噛むということは、実に素晴らしいことです。
  顎を動かすことで、実に様々効果があります。

◎唾液の分泌(唾液の効果)
○消化酵素(最高の胃腸薬)
○老化防止ホルモン
○ガン細胞を殺す
○異物、添加物などの無毒化
○殺菌作用
○虫歯、歯周病を防ぐ
◎脳内血流を増加させて脳の働きをよくする(脳の血液ポンプ)
◎自然なダイエットができる
◎味覚中枢の刺激(脳の活性化)
◎体全体の血流増加(小さな全身運動)
◎ストレスの発散

3)顎の位置を正しくすることで頸椎の歪みを治し、背骨全体のバランスをとる。

 これが全身の健康に直接役立つのは、当然のことです。かみ合わせが悪いと、体全体へ大きな影響が出ることは、先月号にも書きましたが、歯が部分的にまたは全体になくなっているまま食事を摂っていたり、また合わない義歯を使っていれば、当然顎の位置は、ずれてきます。

 顎の動きを歩く動作にたとえることがあります。たとえば、片足の踵の骨が欠け、反対側の膝が硬直しているような、不自然な状態のまま歩き続けたらどうなるでしょう。きっと、歩く姿勢は歪み、腰は痛くなり、背骨もひずんでくるかもしれません。
  歯がない状態や、合わない義歯で咀嚼するということは、一日1000回以上不自然な顎の動きをするわけです。顎のひずみは首の骨へと伝わり、背骨全体を歪ませ、全身へ影響を及すことになるのです。

 

義歯の値段

 義歯は、健康保険でできるものから、何十万円もするものまで、その価格にずいぶん幅があるのも事実です。どれが一番よいかは、その人の顎の状態にもよりますので、一概にはいえません。
  私自身、義歯には特にこだわりがありましたので、自分自身の経験をお話しします。

 私は歯学部を卒業後、補綴科という義歯に関連する専門医局へ入局しました。国立の大学病院の素晴らしいところは、研究という名目で、採算や経済性を無視して、よい義歯作りに専念できることです。
  一つの義歯を作るのに、無制限といえるほどの時間をかけました。保険の名目で作る場合は材料に制約がありましたから、自前で材料を購入して作りました。患者さんのためと同時に自分の勉強のためです。新人の医局員はきわめて薄給でしたが、みな義歯が上手になりたい一心で、毎晩、夜12時過ぎまで大学病院の技工室で技工をやっていました。

 その後、日本を代表するという義歯の名人のセミナーへも、いくつか参加することもできました。15年くらい前でしたが、一日で5万円、10万円のセミナー代でした。薄給のなかで支払うセミナー代は重かったですが、その教えは今も鮮明に頭のなかに生きています。
  現在、私は、開業14年になります。私は、保険の義歯も保険外の義歯も作りますが、残念ながら保険の義歯を作る時は、手間をかけられず、早く終わらせることに努力しなければなりません。なぜなら、保険の義歯があまりに安いからです。
  健康保険の義歯の値段は国が決めることで、私達歯科医はそれに従うしかありませんが、医療費削減の波のなか、義歯の値段はきわめて安くおさえられています。

 義歯を作るのに調整を含めれば、最低でも4〜5回の通院が必要です。歯科医、歯科衛生士、歯科助手、歯科技工士と多くの手を経て作られます。専用の設備も必要です。そうして作った義歯でも、安売の眼鏡と似た料金です。
  バネ(クラスプ)の製作料は、ワイヤー製だと数百円です。国家資格をもつ技工士さんが専用の材料と器具を使用して作っても、その値段なのです。道端で売っている針金のブローチの何分の一の値でしょうか。

 こんな具合ですから保険の義歯は、制作側にとってはほとんど赤字です。少し手のこんだことや、手間のかかることをすれば、なおさら赤字の幅が広がります。歯科開業医にとって、保険の義歯をつくる際の最大のテーマは、いかに赤字の幅を少なく作るかなのです。
  十何年か昔、自分で技工をやりながら学んだことや、義歯の名人達から受けた教えも、健康保険の義歯には、ほとんど生かせないのがとても残念です。
  患者さんの立場として、義歯は安いにこしたことはないと思いますが、逆に安ければよいというものではありません。信頼できる医師と、よく相談されることをおすすめします。

 

 

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