私達は生きていくうえでさまざまな障害や苦難を乗り越えていかなければならない。
そのなかで体の不調や病気は、誰もが経験する試練の一つだ。
現代医学では、病気の原因を病原菌や体の臓器の異常にあると考え、それらの病原菌や臓器の異常部を取り除こうと考える。
もちろんそれはそれで病気治しのひとつの手段だが、多くの場合、病気の本質的原因はその人の生き方や生活の仕方にあることがほとんどだ。
もちろん生まれながらにして遺伝的に病気を背負っている人もおり、必ずしも本人だけの問題でないことも多いが、その病気に対しどのように対応するかはその人の生き方によるところが大きい。
虫歯一つを例にとってもそうである。
虫歯は砂糖と歯磨きと歯の強さの3つの要素で決まると大学では教える(『マクロビオテック』平成10年2月号「虫歯の原因と予防」にも書いた)。
たしかに歯というものはそういう要素の影響を受ける。
しかし「口」の健康度はたった3つの要素だけでは決して決まらない。
あんまり歯磨きをしなくても虫歯にならない人がいる。逆にものすごく歯のことを気にし、気をつけているにもかかわらず、口の中がガタガタの人もいる。
これらは単に歯の質が強いかどうかだけの差とは思えない。
さらにもっと言及すれば、ほとんど虫歯もなく口の中になんの問題もないにもかかわらず、首や顎の強い痛みを苦にし、食事をまったく楽しめない人もいる。
逆に自分の歯はほとんどなく、さらにあまり合いの良くない入れ歯を使いながらも、あっけらかんと食事を楽しめる人もいる。
私達の健康度や生き方は決して人と比較して良い悪いというべきものではない。
その人の健康度の背景となる生活習慣や生き方、さらに人生観などは、人から説教されたり、ましてや「こうあるべきだ」などと思い込んでかかるのは良くない。もちろん反社会的な考え方などは論外であるが、社会と協調できる生き方ならば、その人が自己の本質を見つめる時、その人の人生と同調して本来の生き方が現れてくるものと考える。
本来80歳までもつべき歯を60歳でダメにするのは、本人の怠慢であり、天からいただいた体を粗末にしていることになる。
本来40歳までしかもたない歯を50歳までもたせたならそれは素晴らしいことで、まさに祝福されるべき事である。
大切なことは、天から与えられた自分の肉体と心、そしてその生涯というものをあるがままに受け入れ、その持っている力を精一杯発揮することが、各人の与えられた唯一の、最大の責任なのだ。
西暦2000年前後に起こるといわれる大洗礼は、それを恐れ、苦にする人の心のなかではもうすでに始まっているわけだ。それを苦にし、恐れる心のエネルギーは、その人数が多くなれば必ず具現化してくる。
また現代の経済至上主義の奴隷のような生き方をしていれば、これもまた地球の破滅に向けてまっしぐらである。私達が今ここでやるべき事は、決してむきにならず、あせらず、自分の命とその尊さに気づき、あるがままに生きること。
競争社会で一生懸命走ってきた足を少しゆるめて、自分のペースで歩くこと。
天からいただいた自分の肉体そして生命を大切にすること。
病気とか体のことで悩む時、安易に即物的短絡的に考えず、体の本質的なエネルギーに目を向け、自然の摂理と調和する解決法を探すこと。
強い刺激に慣れてバカになっている私達の感覚を正常化し、素朴で質素なものの素晴らしさを知ること。
ファーストフードの刺激的な味でなく、家で炊くお米の旨さを知ること。
生きるということは、実は素朴で質素なことだと知ること。
この大自然のごくごく小さい構成要素の一つである私達人間は、自分の分を越え、生命とは何かをすっかり忘れてきたのです。
生命とは自然と調和し決して無理せず存在する物なのです。
あるがままの自分を受け入れ、その上でその人の叡智をもってその生命を輝かせることが、世の中がどうなろうとも最も必要な事なのです。
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