食養に関心をお持ちの人は、程度の差こそあれ玄米菜食を経験したり、また今も実践されている人が多いと思います。
しかし、一般的には玄米菜食者の数はとても少ないのが現状のようです。
玄米菜食者がその道に入ったきっかけは、さしせまった病気治しであったり、また、家族の方が関心をもったりで、普通の人がたいしたきっかけもなく玄米菜食を始めるというのはあまり例がないように感じます。
玄米食が体によいということは、多くの人も漠然と知っているのだけれど、実践者となると、グッと数が少なくなる。
これは玄米食が実生活の上で、とても障害が多いということであり、玄米に加えて菜食となると、ほとんど必死の覚悟でのぞまないとすぐにもくじけそうになってしまう。
そして守備よく最初のカベをのり切り、玄米菜食を生活の中にとり入れた人々は、次のカベが待っている。
知らず知らずのうちに友人が減っていき、気がついた時には「あいつは変わり者だし、つき合いも悪い…」という評価までもらっていることになる。
私自身の例をあげれば、私は歯科診療のなかに東洋医学を利用できないか、あれこれやっているうちに、だんだんと食養の道に迷いこんでしまい、自分でも実践するはめになっていたわけです。
実際に自分自身が玄米菜食を体験してみると、その威力は驚くべきものがありました。
持病とあきらめていたがんこな肩コリがグーンと軽くなってしまった。
一日の診療を終えると身も心もヘトヘトになっていたのが、元気でピンピンしている。
これらは私にとって新鮮な感動であったが、私が真に驚いたのは別の変化なのです。
歯科治療に併用して針治療していると、針を打たなくても治療効果が出てしまう。
治療穴も自然にわかってしまう。
患者さんの気の流れがわかるようになり、その人を見ただけで悪いところがだいたいわかってしまう……。
何か自分がとんでもない体になってしまったようでした。
もちろんそこに至る間には、ヒーリングのセミナーへ行ったり訓練をしたりする経験もありましたが、食養をきっかけにそれらの力が急に強くなった感じがしました。
これらの変化は自分でも驚くばかりで夢中になって厳格な玄米菜食を実行していました。
しかしふと気がつくと、知人達から「田村は何か変だ、おかしな宗教に凝っているんじゃないか…」と言われているのに気がつきました。
実際、酒は全く飲まなくなったし、宴会の食事もほとんど手をつけなくなっていた。そもそも飲み会へはほとんど顔を出さなくなっていた。
また家庭内でも、みそ汁のダシにすら魚を禁ずる私に家内も相当ノイローゼぎみになっていたようだし、子供達にとっても、肉やお菓子を禁じられることは、かなりのストレスだったようです。
ある著名な食養指導者が冗談半分に言っていた言葉が急に真実味を帯びてきました。
「玄米菜食にこだわっていると友人知人を失い、最後にカミさんに逃げられる…」
その時から、私は厳格な玄米菜食者から、玄米菜食を心がける普通の人にもどったのです。
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